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我々は、何処からきて何処へ行くのか [社会]

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 my challenger's log 一冊目は、

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 「我々は、何処からきて何処へ行くのか」

 人類存在の最大のテーマであり、謎である。

 今から800年以上前に、方丈記で、鴨長明は、三メートル四方の栖(棲家)に、安住の地を見出し、方丈記を創作した。

 冒頭の、「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。」は、日本文学に燦然と輝く名文である。

 次いで、「知らず、生まれ死ぬる人、何処より来りて、何方へか去る。」も、自然と生命の謎に迫る問いかけである。

 医師、関野吉晴氏は、この最大の謎に、足掛け10年、5万キロの旅、「グレートジャーニー」に挑んだ。「600万年前、東アフリカに誕生したとされる人類は、その後、揺籃の地を飛び出し、アジアや極北の地を経て、ついには南米大陸の最南端パタゴニアまで達した。この5万キロにも及ぶ人類拡散の旅を逆ルートで、行く先々の先住民と接しながら、私自身の脚力と腕力だけで、辿ろうと試みたのが、グレートジャーニーであった」

 先住民は、必要以上に大きな家は建てない、という。

 大きいことはいいことではない。浪費を抑制し、知足をわきまえない技術は、成長や再生産と向き合わないと、地球資源の大きな循環サイクルを破壊する。

 あの、「ダビンチコード」のダンブラウンも、「オリジン」で進化論とこの謎をテーマとした。

 良寛さんも、「我が生何処より来り、去って何処にか行く」、と謡った。

 資本主義の神話、成長戦略と拡大再生産は、今や、地球資源の乱獲と大量消費ににより、地球と自然破壊に直結している。

 1992年リオデジャネイロで行われた環境サミットでは、12歳の少女、セヴァン・スズキの伝説的演説と、キューバ革命の英雄、フィデル・カストロ議長の演説が万雷の拍手を受けたという。  

「世界の環境破壊の元凶は消費社会である。世界の人口のわずか20%の人間が、世界全体が生産する金属資源の3分の2とエネルギー資源の4分の3を消費している」

 大国の利己主義、覇権主義による石油やウランが熾烈な奪い合いの中にある。

 「ずっと以前にやっておくべきことを、明日やろうというのでは遅すぎる」と訴えたという。

 「我々は、何処からきて何処へ行くのか」、このまま行けば、もはや我々は、あの懐かしい緑豊かな地球へは、戻れないかもしれない。

 幸い、我々日本人は、「知足」という精神的美徳を持ち合わせている。あのスティーブ・ジョブズ氏も傾倒した禅の精神である。

 コロナ禍で、ステイホームが要請される中、せめて、あの「竜安寺」の石庭の佇まいを思い浮かべてほしい。心安らぐ佇まいの中に、我々が帰るべき懐かしい風景が見えるかもしれない。

 

 

 









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