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日韓友好の塔 [政治 経済 ]
「日韓対立、文氏に責任」
参考記事
https://www.sankei.com/world/news/190809/wor1908090032-n1.html
元徴用工遺族らの団体会長「韓国政府が請求権協定に従い補償すべきだ」
参考記事
https://special.sankei.com/a/international/article/20190807/0002.html
韓国、文政権は、「日本は友好国ではない」と宣言した。
来年の春の総選挙に向けて、なりふり構わず、世論をあおり、対抗処置である、対日批判、反日政策を強力に推進する。
文氏は、この措置の結果は、日本が負わねばならないというが、国益より,反日を政治利用する貧相で不毛な発想でしかない。とても国家を運営する器量ではないかもしれない。
世界の反応は、この韓国政権の先には、日韓の明るい未来はないと見る。
1965年6月22日に、日本と大韓民国との間で結ばれた日韓基本条約、これを一方的に反故にするのは、国際条約違反ではないのか。
日韓基本条約 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E3%81%A8%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84
鹿児島県美山に、薩摩焼の名窯、寿官陶苑がある。
重厚な武家門に、沈寿官 と表札がある。ここに四百年の歴史を持つ沈寿官氏の登り窯がある。
司馬 遼太郎氏の「故郷忘じがたき候」は、今から約四百年前に、朝鮮から薩摩に連れてこられた陶工達の歴史物語である。
十四代 沈寿官氏は、息子の教育に、薩摩伝来の400年以上も続く、薩摩卿中教育の精神を教えた。
卑怯を嫌う美学として、市井に広く知れ渡る、「薩摩いろは歌」、負けるな、嘘を言うな、弱いものいじめをするな、の原典である。
卿中教育 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B7%E4%B8%AD
沈氏に四百年の怨念はない。美山、沈寿官陶苑には、「日韓友好の塔」がある。
日韓友好の印として、1998年、韓国が鹿児島に寄贈したと聞く。
日韓友好親善大使を務め、沈氏は定期的に韓国に渡る。二十一世紀を見据え、韓国の若き陶工達を指導する。
韓国の若者たちが日本の統治時代を言うならば、私は、私の400年を言わねばならない。大切なのは明日を見据えて共に歩むことだ、と諭す。
その時、彼らが口ずさんだ歌は、あの「黄色いシャツ」であった。
黄色いシャツ着た無口な男… オッチョンジー 忘れられない…大合唱となったという。
中曽根康弘前首相は、昭和58年に訪韓、全斗煥大統領の晩餐会で、この歌を韓国語で歌い喝采を浴びたという。
「大切なのは、 明日を見据えて共に歩むことだ」、400年の歴史を背負って呟く、14代、沈寿官氏の言葉は重い。この精神は、現在の若き15代 沈寿官氏に受け継がれた。
遠い日、沈寿官陶苑を訪れた後日、東京の大手デパートで薩摩焼の個典が開催された。会場にいらした沈寿官氏の、少し離れたところからの優しい眼差しと笑顔に出会った。忘れ得ぬ思い出である。
あの優しい眼差しと笑顔が、日韓の友好に戻ることを願う。
かって、私は、台湾、韓国で電子工業関係の仕事をした経験がある。台湾の暖かい親日観に比し、韓国は根っこに「恨」の怨念があるように思えてならない。
桜井よしこ氏は「海峡を越えられるか」と問う。
かって、沈寿官陶苑内にあった、「日韓友好の塔」は今でも健在なのであろうか。
沈寿官窯 ホームページ
http://www.chin-jukan.co.jp/
Youtube 黄色いシャツ 1961年 韓国のヒットソング
https://youtu.be/_spv5I-E4HQ
参考図書







参考記事
https://www.sankei.com/world/news/190809/wor1908090032-n1.html
元徴用工遺族らの団体会長「韓国政府が請求権協定に従い補償すべきだ」
参考記事
https://special.sankei.com/a/international/article/20190807/0002.html
韓国、文政権は、「日本は友好国ではない」と宣言した。
来年の春の総選挙に向けて、なりふり構わず、世論をあおり、対抗処置である、対日批判、反日政策を強力に推進する。
文氏は、この措置の結果は、日本が負わねばならないというが、国益より,反日を政治利用する貧相で不毛な発想でしかない。とても国家を運営する器量ではないかもしれない。
世界の反応は、この韓国政権の先には、日韓の明るい未来はないと見る。
1965年6月22日に、日本と大韓民国との間で結ばれた日韓基本条約、これを一方的に反故にするのは、国際条約違反ではないのか。
日韓基本条約 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E3%81%A8%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84
鹿児島県美山に、薩摩焼の名窯、寿官陶苑がある。
重厚な武家門に、沈寿官 と表札がある。ここに四百年の歴史を持つ沈寿官氏の登り窯がある。
司馬 遼太郎氏の「故郷忘じがたき候」は、今から約四百年前に、朝鮮から薩摩に連れてこられた陶工達の歴史物語である。
十四代 沈寿官氏は、息子の教育に、薩摩伝来の400年以上も続く、薩摩卿中教育の精神を教えた。
卑怯を嫌う美学として、市井に広く知れ渡る、「薩摩いろは歌」、負けるな、嘘を言うな、弱いものいじめをするな、の原典である。
卿中教育 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B7%E4%B8%AD
沈氏に四百年の怨念はない。美山、沈寿官陶苑には、「日韓友好の塔」がある。
日韓友好の印として、1998年、韓国が鹿児島に寄贈したと聞く。
日韓友好親善大使を務め、沈氏は定期的に韓国に渡る。二十一世紀を見据え、韓国の若き陶工達を指導する。
韓国の若者たちが日本の統治時代を言うならば、私は、私の400年を言わねばならない。大切なのは明日を見据えて共に歩むことだ、と諭す。
その時、彼らが口ずさんだ歌は、あの「黄色いシャツ」であった。
黄色いシャツ着た無口な男… オッチョンジー 忘れられない…大合唱となったという。
中曽根康弘前首相は、昭和58年に訪韓、全斗煥大統領の晩餐会で、この歌を韓国語で歌い喝采を浴びたという。
「大切なのは、 明日を見据えて共に歩むことだ」、400年の歴史を背負って呟く、14代、沈寿官氏の言葉は重い。この精神は、現在の若き15代 沈寿官氏に受け継がれた。
遠い日、沈寿官陶苑を訪れた後日、東京の大手デパートで薩摩焼の個典が開催された。会場にいらした沈寿官氏の、少し離れたところからの優しい眼差しと笑顔に出会った。忘れ得ぬ思い出である。
あの優しい眼差しと笑顔が、日韓の友好に戻ることを願う。
かって、私は、台湾、韓国で電子工業関係の仕事をした経験がある。台湾の暖かい親日観に比し、韓国は根っこに「恨」の怨念があるように思えてならない。
桜井よしこ氏は「海峡を越えられるか」と問う。
かって、沈寿官陶苑内にあった、「日韓友好の塔」は今でも健在なのであろうか。
沈寿官窯 ホームページ
http://www.chin-jukan.co.jp/
Youtube 黄色いシャツ 1961年 韓国のヒットソング
https://youtu.be/_spv5I-E4HQ
参考図書
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2019-08-14 21:12
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