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禅の呼吸法、数息観と健康長寿 [禅語]

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 「数息観」という、一分間三回の禅の呼吸法があります。

 ヒトーツで、1,2,3秒と数えて息を吸い、フターツで、1~17秒と数えて息を吐きます。一呼吸20秒で、一分間三回の呼吸法です。

 修行により、この呼吸法を身に着けますと、心身ともにバランスが取れて、健康長寿になります。

 この呼吸法は、全の極意ですから、禅寺の参禅会へ行き、修行僧から正式にしっかりと学ばねばなりません。

 ここで、せっかくですから、少し禅の勉強をしましょう。

 禅とは、「私」というこだわりを捨てることです。「私」から離れて、他者に尽くすことです。

 禅の公案に、「片手で音が出るか」、「片手の音はどんな音か」があります。

 答えはなかなか見つかりません。両手で拍手、にこだわるからです。片手で頬をたたいてみてください。

 パチンと音がします。両手で拍手、のこだわりを捨てた片手の音です。

 世界が、皆、私が、俺が、と主張すれば、争いが起きます。自己を捨て、自己から離れ、他者に尽くす、これが禅の始まり、「無我」、「空一円相」の世界です。

 自己の心を見つめ、無償の徳を積み、相手の立場に立ち、思いやりを持って、優しい言葉をかけ、他者のために尽くす「利他」の修行です。

 ひと昔前に、「象の時間 ネズミの時間」というベストセラーがあった。

 これによれば、哺乳類の一生の呼吸数は、5億回だという。

 平均年齢80歳とすると、呼吸数は、約12回/分になる。

 禅の数息観の3回/1分は、かなりハードな呼吸数数である。高度な禅の修行が必要であろうか。

 理想の呼吸数は、1分間に8~10回. 一般人の呼吸回数は、平均1分間に12-16回とされる。

 『呼吸法の極意は,西野流、「足芯呼吸法」である。実際は鼻から息を吸っているわけですが、足の裏を意識して呼吸することによって、足芯から膝、ももを通って丹田(下腹部)へ、エネルギーが昇っていくのが感じられます』


 「生きるパワー 西野流呼吸法」

 「人間の頭脳、身体の「総合知」が「身体知」である。細胞レベルで、身体をゆるめる「緩揺な身体」により、深い呼吸が出来、必要なエネルギーを取り入れることができます。

 西野流呼吸法は、まさにこの身体を緩ませる呼吸法なのです。「気」が充満し、西野先生の対気は、凄まじく、離れた相手を吹き飛ばし倒すほど強烈です。(テレビで見た方もいらっしゃるかと思います)

 「日本女子体育大学教授 片岡詢子医学博士は、西野流呼吸法は、生き生きとした60兆個の細胞づくり、身体づくり、生き方づくりのエッセンスであると言います。

 西野流呼吸法は、七つの法則(緩揺、快感、均衡、量熱、、共生、自主、無心)からできています」

 由美かおるさんが実践しています。


 特に共生の法則は、自然の摂理に則って生きることを基本とします。身体にエネルギーが充満してくると、自己のこだわりから離れ、他者に尽くし、自然に両親を敬い、先祖に感謝し、自然の摂理に感謝する気持ちになってくと言います。

 この呼吸法をマスターすれば、自他ともに、60兆個の細胞が司る生命への息吹と神秘に感謝する情念に気づかされ、生命が輝き、躍動する身体になると言います。



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百花、春至って誰が為仁か開く [禅語]

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 百花誰が為にか開く
 

「碧巌録」第五則の「百花為誰開」(百花、春至って誰が為にか開く)が出典。


 ひたすら、無心に咲く花の姿に、ふと一体誰のために咲いているのだろうか、という想いがよぎる。

 「雨ならずして花猶落つ 風無くして 絮(いと)自ずから飛ぶ」《不雨花猶落 無風絮自飛(槐安国語)》禅語である。

 青柳の絮よりかくる春しもぞ乱れて花のほころびにける 紀貴之『古今集』

 雨なく、風無くして、咲く花は、散る定めを持つ。

 西行法師は、謳う。

 「春風の花を散らすとみる夢は さめても胸のさわぐなりけり」

 辞世の句と言われる「ねがわくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」がある。

 「如月の望月のころ」は旧暦で、その二月十五日は、満月の日だと言う。


 芽吹きの春、桜の咲く季節である。

 京都の櫻守、佐野藤右衛門さんは、「桜は、満月に向かって咲きよる」という。

 藤右衛門さんは、山奥深く、人知れず咲く山桜に愛着を持つ。「人の手が入り込めない厳しい美しさを持っている」と言い、帰り際には、「来年また来るからな」と言って別れるという。

 万人が知る春咲く菫を謳った名歌がある。

 「春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける」 山部赤人、(万葉集)

 自然に寄り添う本来の暮らしがある。

 吉野弘さんの詩の一節、「生きていることのなつかしさ」がよぎる。


 日本語で使う、かな文字四十七字全てを使った「いろは歌」がある。

 「いろはにほへとちりぬるを

 わかよたれそつねならむ

 ういのおくやまけふこえて

 あさきゆめみしゑひもせず」
 
 「色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ

 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず」


 何故か無常感が漂う。
 

 桜の花は、美しく咲くが、その散り際もはかない。日本人の好む、いさぎよさ、なのだろうか。

 花の命は短い。人生も長いようで短い。

 ほろ酔いで、ぼうっと生きないで、しっかりした大きな夢と志を持ちたい。

 地に足をつけて、微笑みをもって、ゆるぎなき人生を全うしたい。

 「我、事において 後悔をせず」 宮本武蔵 「独行動」より。


 参考図書

 

何故かジャズ されどジャズ




 
 

 



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